数学B / 本質理解型教材
対象:前提知識ゼロの高校生。到達目標:(1)モデル化の概念を日常の言葉で説明できる、(2)データの見方・推定の本質を自分の言葉で語れる。
「どっちの料金プランがお得?」「この行列に並んだら何分待つ?」「SNSの噂は何日で広まる?」
私たちが社会生活で直面する現実の課題には、はじめから「次の一次方程式を解け」といった数式は書かれていません。ぐちゃぐちゃした現実の中から、本質的な要素だけを抜き出し、数学が使える形に自分で翻訳する必要があります。この翻訳の技術こそが、この単元の主役です。
現実の全てを完璧に再現しようとすると、計算が複雑になりすぎて手も足も出なくなります。そこで、本質的な部分だけを残してシンプルにした「模型(モデル)」を作ります。
これは「地図」に似ています。地図には、道路のひび割れや民家の壁の色は描かれていません。しかし、その「大胆な単純化」のおかげで、私たちは目的地へ迷わずにたどり着けます。「地図は土地そのものではない。しかし地図がないと旅ができない」のです。
現実をシンプルにするために、「ここから先は考えない」「これらはすべて同じとする」というルールを設定します。このルールのことをと呼びます。
たとえば、「銀行にお金を預けると毎年決まった割合で確実に増える(金利は変化しないとする)」「窓口には全員が綺麗な1列になって並ぶ」といった前提です。
どんなに複雑な計算式を解いても、はじめのが現実とズレていれば、出てくる答えも役に立ちません。計算ミスを疑う前に、まず「どのような前提を置いたか(を明示すること)」が、誠実な数学のルールです。
日々の契約や買い物で最も一般的なのが、「基本料金 + 使った分だけ加算」される料金プランです。これは数学的には一次関数 \(y = ax + b\) のモデルになります。
基本料金が安いけれど単価が高いプランAと、基本料金は高いけれど単価が安いプランBのどちらがお得かは、2つの直線が交わる点、すなわち(交点)によって決まります。
「増える速さが、今ある量に比例する」ような現象では、等比数列や指数関数の出番となります。これがです。
例えば、1人が毎日新しく2人に噂を伝えるとします。最初が1人なら、翌日は2人、翌々日は4人、その次は8人と増え、日数 \(t\) に対する合計人数は \(2^t\) となります。10日後には、
\(2^{10} = 1024\) 人
となり、最初は小さく見えても、ある時点から爆発的に数が跳ね上がります。ただし、現実には周りの全員が噂を知って頭打ちになるため、無限に増えることはありません。モデルの有効範囲を考える重要性を教えてくれます。
気温の変動、1日の中での電気使用量の増減、店舗の曜日ごとの来客数の変化など、「一定の時間で同じ波が繰り返される」現象もあります。これを表すのが三角関数を用いたです。
例えば、ある都市の月ごとの平均気温は、夏に向けて上がり冬に向けて下がる1年(12ヶ月)周期の綺麗な波を描きます。上の式の \(a\)(振幅:気温の寒暖差)や \(d\)(平均値:年平均気温)などを調整することで、複雑な気象データもシンプルな波の式として再現でき、予測に役立てられます。
モデル化を進める上で一番大切な決定は、数式の計算を始める前に「目の前のデータがどの型に従っているか」を見極めることです。
「まっすぐ増えるのか?」「倍々に増えるのか?」「周期的に繰り返すのか?」
もし、本来は「指数モデル」で倍々に増えるはずの感染者数を「一次モデル(直線)」で予測してしまうと、予測は現実から致命的にズレてしまいます。データの形をグラフで観察し、適切な数式の型を選ぶこと(モデル選択)が、モデル化の成否の8割を決定します。
現実のデータは、一時的な要因やノイズによって常に細かく上下に波打っています。このギザギザに惑わされず、奥にある大きな流れ(トレンド)を捉えるのがです。
例えば「3日移動平均」であれば、ある日のデータを「その日を含めた過去3日間の平均」として順次置き換えていきます。
データが「10万円、14万円、12万円」と推移したとき、その3日移動平均は、
となります。これを繰り返すとギザギザが滑らかになりますが、平均をとる期間を長くしすぎると、売上の急激な変化(転換点)に気づくのが遅れてしまうという弱点もあります。
グループの全体像をたった1つの数値で表すとき、「何を基準にするか」で結果は大きく変わります。代表値の選び方そのものが、話し手の意図や主張になります。
誰もがよく使う「平均値」ですが、一部の極端に大きな数値(外れ値)に大きく引きずられる弱点があります。一方、全体のちょうど真ん中の値をとる「」は、外れ値に一切影響されません。
例えば、5人の年収がそれぞれ {300万円, 300万円, 400万円, 500万円, 3000万円} だったとします。この集団全体の収入レベルはどう表すべきでしょうか?
| 年収データ | 平均値 | 中央値 |
|---|---|---|
| 300, 300, 400, 500, 3000 (万円) | 900万円 | 400万円 |
「この集団は裕福だ」と主張したい人は、1人の超高額所得者に引っ張られた「平均値900万円」を提示し、「一般的な会社員レベルだ」と伝えたい人は「中央値400万円」を提示します。統計数値の「名前」だけで判断してはいけません。
世の中には、正確な統計調査をしなければわからないほど大きな数があります。しかし、「手元にデータがないから全くわからない」で終わらせず、手元の最小限の知識と論理の組み合わせで、およその「桁(オーダー)」を導き出す技術をと呼びます。
例えば、「日本の1年間のペットボトル消費量」を考えてみます。
まず、全体を分解します。「日本の人口は約1.2億人とする」「1人が1日に平均して0.5本消費すると仮定する」。
これより、1日の消費は \(0.5 \times 1.2\text{億} = 6000\) 万本。これを1年間(365日)に換算すると、
となり、およそ「220億本」という見積もりが出せます。実際の国内年間消費・回収量はおよそ230億本であるため、この簡単な推定だけでも「およそ200億本前後である(10の10乗の桁)」という正しいスケール感を瞬時に割り出すことができました。「全く見当もつかない」を「だいたいこの位の規模」に変える、社会人の強力な武器です。
「現実の複雑な問題」
↓
「仮定を置いてシンプルにする(単純化)」
↓
「現象に合わせて一次・指数・周期などの関数を選ぶ(モデル選択)」
↓
「数式を用いて傾向をならし、概算する(移動平均・代表値・フェルミ推定)」
↓
「導き出した答えを現実の予測や課題解決に活かす」