数学C / 本質理解型教材

数学的な表現の工夫

対象:前提知識ゼロの高校生 到達目標:(1)表現の選び方の本質を日常語で説明できる (2)なぜその表現を使うかを自分の言葉で語れる

なぜ?

見え方が変われば、解き方が変わる

同じ情報であっても、その表し方(表現)を変えるだけで、見えてくるものがガラリと変わります。複雑な渋滞情報や、人々の友情関係、電車の乗換案内なども、適切な数学的表現に載せ替えた瞬間に、全体の構造がすっきりと浮かび上がり、計算までできるようになります。この単元の主役は、個別の公式を暗記することではありません。問題に応じて「どの表現を選ぶか」という視点そのものを身につけましょう。

表現を選ぶことは、道具を選ぶこと

表現を選ぶことは、思考の道具を選ぶこと。行列は「表をまるごと計算する」表現、離散グラフは「つながりだけを取り出す」表現。

同じ売上データであっても、時間ごとの変化を知りたいときは「折れ線グラフ」、他店との割合を比べたいときは「帯グラフ」、地域ごとの広がりを見たいときは「地図へのマッピング」が適しています。どれか一つのグラフが優れているのではなく、目的に合わせた最適な道具を選ぶことが、の第一歩です。

ことば

「事実で嘘をつく」グラフに騙されない

グラフは強力な道具ですが、表現の工夫を悪用すると見る人を騙す道具になってしまいます。伝えたい比較が一目で分かるのが良い図表ですが、世の中には**「事実を使って嘘をつく」不適切なグラフ**が多く存在します。

よくある手口は、縦軸の途中を省略して差を大げさに見せる手法や、手前が大きく見える3D円グラフ、左右で目盛りの幅を恣意的に変えた二重軸のグラフです。事実(数字)は正しくても、表現によって印象が操作されることを知り、見抜く目を養いましょう。

① 軸が0から(正しい比率) 0 120 100 製品A 105 製品B ② 軸の途中省略(誇張) 95 107 100 製品A 105 製品B
グラフの見た目の違いに騙されてはいけません。全体のスケールや、軸の始まりが「0」になっているかを必ず確認しましょう。
▶ 使いどころ: ニュースや広告で提示されるグラフを批判的に読み解く(グラフ・リテラシー)。
ことば

行列=数を長方形に並べた表

私たちは日常生活で、すでにのようなものを使っています。例えば、店舗ごとの商品の在庫表や、乗り物の運賃表がそれにあたります。

数学では、これらをカッコで囲んで一つのオブジェクトとして扱います。行列にすることで、個々の(表のマス目の数値)を一つずつ計算するのではなく、**「表どうしをまるごと足す・引く」**といった新しい計算が定義できるようになります。

$$\begin{pmatrix} 10 & 20 \\ 15 & 30 \end{pmatrix} + \begin{pmatrix} 5 & 10 \\ 8 & 12 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 15 & 30 \\ 23 & 42 \end{pmatrix}$$

二つの店舗の現在の在庫表と、新しく入荷した商品の表を足し合わせることで、全体の在庫表を一瞬で求めることができます。

▶ 使いどころ: 表計算ソフトのシート全体を連動させて処理する。

行列の積=「内訳の集計」

行列の掛け算(積)は、一見すると少し複雑なルールに見えます。しかし、これは「内訳の集計」を数式でスマートに表現したものです。

例えば、各製品を作るのに必要な「部品の数」の表と、注文された「製品の数」の表を掛け合わせることで、必要な「総部品数」を一度に計算できます。

$$\begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 1 & 3 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 10 \\ 20 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2 \times 10 + 1 \times 20 \\ 1 \times 10 + 3 \times 20 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 40 \\ 70 \end{pmatrix}$$

この計算では、左側の行(部品の割合)と右側の列(注文数)の数値を順に掛けて、それらを足し合わせています。**「掛けて足す」という操作は、経路の集計や料金の精算など、様々な内訳を合算する実務の動き**そのものなのです。

▶ 使いどころ: 経路検索・レコメンドの内部はこの「掛けて足す」の巨大版。
見る

推移を行列で回す

「今日の天気が晴れなら、明日の晴れ確率は80%」といった、状態が移り変わる確率を並べた表をと呼びます。

この行列を使うと、確率の表に推移行列を1回掛けるだけで「1日後の確率」になり、2回掛ければ「2日後の確率」になります。つまり、時間の経過を行列の掛け算として「回す」ことができます。

驚くべきことに、この推移を何度も繰り返すと、今日の天気がどうであれ、最終的には必ず同じ一定の割合(晴れが3分の2(約66.7%)、雨が3分の1(約33.3%))に落ち着きます。この状態をと呼びます。

晴れの確率50%
雨の確率50%
▶ 使いどころ: Googleのページランク(リンクの推移行列の定常分布)・顧客の状態遷移予測。
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順序が意味を持つ

普通の数の掛け算では \(2 \times 3\) と \(3 \times 2\) は同じですが、行列の積では一般に \(AB \neq BA\) です。

行列は単なる数字の表ではなく、「何かを変換する操作」を表しているからです。例えば、「画像を90度回転してから横に2倍にする」のと、「横に2倍にしてから90度回転する」のでは、最終的な形が変わってしまいます。**操作を行う順序が本質的な意味を持つ**ため、掛ける順番を勝手に入れ替えてはいけません。

行列の掛け算は順番が重要です!\(AB\) と \(BA\) は一般に異なる結果になるため、式の変形時には注意しましょう。
▶ 使いどころ: 画像処理(回転→拡大と拡大→回転)。
ことば

頂点と辺

駅と路線、人と人との友人関係、ウェブページ間のリンク。これらを簡略化し、**位置や長さ、面積などをすべて捨てて「つながり方」だけを取り出した図**をと呼びます。

グラフでは、情報を表す点を、つながりを表す線をと呼びます。路線図が地理的に不正確であっても役立つのは、つながりの情報(グラフ構造)さえ正しければ機能するからです。

A B C D E
▶ 使いどころ: 乗換案内・SNSの友達ネットワーク・電力網。

一筆書きの定理

「全ての橋をちょうど1回ずつ渡って、元の場所に戻れるか?」というケーニヒスベルクの橋の問題は、離散グラフを使うことで一瞬で解決されました。

各頂点に集まる辺の数をと呼び、これが奇数である点をと呼びます。この奇点の数に注目すると、以下のシンプルな法則が成り立ちます。

$$\text{奇点の個数が 0個 または 2個} \iff \text{一筆書き可能}$$

ケーニヒスベルクの7つの橋をグラフにすると、奇点が4個あるため、一筆書きは絶対に不可能であることが証明できます。**実際の道を歩き回って試行錯誤しなくても、つながりを数えるだけで決着がつく**のは、適切な表現を選んだことによる数学の勝利です。

北A(3) 中島C(5) 南B(3) 東D(3) ● すべて奇数(奇点) 奇点の数:4個 (一筆書き不可能)
▶ 使いどころ: ゴミ収集・除雪ルート(同じ道を二度通らない経路設計)。
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隣接行列

グラフのつながり方は、図で描くだけでなく、行列に翻訳することができます。

頂点どうしがつながっていれば「1」、つながっていなければ「0」として表にしたものをと呼びます。これにより、図のつながりが「数式の表」に変形されます。

さらに面白いことに、この隣接行列を2乗すると、その成分は**「2回の移動(ステップ)でその頂点にたどり着く経路の数」**を表すようになります。

$$A = \begin{pmatrix} 0 & 1 & 1 \\ 1 & 0 & 1 \\ 1 & 1 & 0 \end{pmatrix} \implies A^2 = \begin{pmatrix} 2 & 1 & 1 \\ 1 & 2 & 1 \\ 1 & 1 & 2 \end{pmatrix}$$

このように、図の表現と行列の表現は表裏一体であり、つながりの計算を行列に任せることができます。

▶ 使いどころ: 「友達の友達」の数・感染の2次接触の数え上げ。

単元の地図

表現を選ぶことは、思考の道具を選ぶこと。行列は「表をまるごと計算する」表現、離散グラフは「つながりだけを取り出す」表現。
データの比較(グラフ)

表のまるごと計算(行列)

確率的な推移(推移行列・定常)

関係性の抽出(離散グラフ)

つながりの計算(隣接行列)
この単元で増えたことばミニ辞典
行列・成分
数や文字を長方形の形に並べた表を行列、その中の一つ一つの数値を成分と呼びます。
行列の積
左の行と右の列の成分を順に掛けて足し合わせる計算。内訳を集計する意味を持ちます。
推移行列・定常
ある状態から別の状態へ移り変わる確率の表。繰り返すと一定の割合(定常状態)に収束します。
離散グラフ・頂点・辺
位置や長さを無視し、点(頂点)と線(辺)のつながりだけを取り出した図。
次数・奇点
一つの頂点に集まる辺の数を次数、次数が奇数である頂点を奇点と呼びます。
一筆書き
すべての辺を1回ずつ通って描くこと。奇点が0個または2個のときのみ可能です。
隣接行列
グラフのつながりを0と1で表現した行列。2乗すると2ステップの経路数が分かります。
⚠️

ここで詰まりやすい

  • 行列の積の順序 (\(AB \neq BA\))
    → 行列は「状態の変換(操作)」を表すため、操作を適用する順序が結果を左右します。順序を入れ替えると意味が変わると理解しましょう。
  • 行列が掛け算できる条件
    → 左側の列数と右側の行数が一致しないと掛けられません。「内訳を掛けて足す」ペアの数が揃っている必要があるとイメージしましょう。
  • グラフの「見た目」の配置
    → 頂点をどこに描くか、辺をどう曲げるかは自由です。見た目の配置に惑わされず、どの点と点がつながっているか(接続関係)だけに注目しましょう。
  • 軸を切ったグラフのミスリード
    → 縦軸が0から始まっていなかったり、比率がおかしかったりすると差が大きく見えます。必ず軸の数値そのものを読む癖をつけましょう。
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この先どこへつながるか

  • 大学の線形代数
    行列を「空間の歪みや回転(線形変換)」として学び、3DグラフィックスやAIの基礎数学として大活躍します。
  • ネットワーク科学
    SNS上の口コミの拡散や、ウイルスの感染経路、インターネットの通信ルートなどを最適化する分野に直結します。
  • データサイエンスと可視化
    ビッグデータから人間がインサイト(洞察)を得るために、どのような見せ方(表現)をすべきかをデザイン・技術の両面から追求します。
  • 検索技術(ページランク)
    Googleが世界中のウェブサイトの重要度を測るために、リンクのつながりを表す巨大な推移行列の定常状態を計算しています。